東京高等裁判所 昭和44年(う)2695号 判決
被告人 阿部喜雄
〔抄 録〕
よつて考察すると、刑法第二三五条の窃盗罪において奪取行為の客体となる財物とは、財産権とくに所有権の目的となりうべき物であつて、必ずしもそれが金銭的ないし経済的価値を有することを要しない(昭和二五年八月二九日第三小法廷判決・刑集四巻九号一五八五頁)が、それらの権利の客体として刑法上の保護に値する物をいうものと解すべきであるから、その物が社会通念にてらしなんらの主観的客観的価値を有しないか、またはその価値が極めて微小であつて刑法上の保護に値しないと認められる場合には、右財物に該当しないものというべく、従つて、そのような物を窃取しても、その行為は、窃盗(既遂)罪を構成しないものと解するのが相当である(明治四三年一〇月一一日大審院判決・刑録一六輯一六二〇頁、昭和二六年三月一五日第一小法廷判決・刑集五巻四号五一二頁、昭和二八年九月一八日東京高等裁判所判決・時報四巻四号刑一一〇頁、昭和三六年七月四日東京高等裁判所判決・高刑集一四巻四号二四六頁等参照)。
これを本件についてみると、原判決挙示の証拠によれば、被告人は昭和四四年七月二二日午後四時一三分ころ東京都渋谷区渋谷二の二四所在東急百貨店東横店七階に停止中のエレベーター内において、金員窃取の目的で乗客渡辺修二着用のズボン左後ポケツト内に左手を差し入れ、同人所有の四つ折のちり紙一三枚を抜き取つた直後警察官に発見されたため、金員窃取の目的を遂げなかつたこと、しかして、右ちり紙一三枚は、縦一七・五糎、横二三・五糎で白色の薄い和紙(品質中等程度)を重ねて四つ折りにしたものであるが、内表側の三枚は破れてほとんど使用にたえず、その余の一〇枚もしわがより汚損が認められる古いものであることが認められるが、このようなちり紙の形状、品質、数量、用途および被害者がこれに対し特段の主観的使用価値を認めていたことを窺うに足りる証拠がないことに徴すれば、本件ちり紙は、その価値が微小であつて、刑法上の保護に値するものとは認め難いものであるから、被告人の本件所為は、前段説示にてらし窃盗(既遂)罪を構成することなく、金員窃取の目的を遂げなかつたものとして窃盗未遂罪を構成するに止まるものと解するのが相当である。しからば被告人の本件所為につき財物を窃取したものとして刑法第二三五条を適用処断した原判決は、事実誤認ないし同条の解釈適用を誤つた違法を犯したものであり、右誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから破棄を免れない。論旨は結局理由がある。
(遠藤 青柳 菅間)